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スピリチュアリズムで☆世界征服☆彡

chiri9683.exblog.jp

2017年 05月 05日 ( 1 )

コメントへの返信

コメントへの返信が長くなりますので、こちらに書き込みました。

>「霊界が有るのか、無いのか答えを知りたい」

霊界はあります。
人は死ぬことで肉体から切り離された後、霊体という肉体よりも精妙な体に乗り換えて別の次元で暮らします・・・・と私が言っても、見たこともないくせにって言われそうですね。

私は、自身の憑依体験が決定的な確信となりました。
私の喉元から家族を破滅に追い込もうとする命令が次から次へと聞こえて脅されるので、あまりの恐怖にこれは私ではないと。私とは別人格の霊の存在を認めざるを得ませんでした。

>人生を諦めて無になろうと思ってはみたのですが、あまりにも虚しい存在であった
>自身の存在にせめて死後の世界があるのか?あるのであれば何故生まれて来たのか?

確かに、思い通りの人生を歩めないと、今生があまりにも虚しく感じます。

>死後の世界があるのか

ということですが、スピリチュアリズム以外の、例えば仏教とかキリスト教とかの死後の世界はあまりにも不公平で、こんな死後の世界なら、存在しないほうがましです。

私が、スピリチュアリズムは絶対的に正しい、と言い切れるのは、死後の世界を含めることで、全ての人間が完璧に公平になるからです。
神は完璧だという大前提で申しますが、神が人間に生命を与えたのであれば、そこに完璧な公平が存在しないなんて有り得ません。地上がこれだけ不公平であるということは、均衡を取るために何かしらの埋め合わせ(死後の世界)があって然るべきです。

>しかしながらあの世が確信できないままでは、生きてるのがなんとも切なくて仕方が無いのが
>私の感じている現状なのも正直な気持ちです。

私もそうです。
本来、人は死を恐がり、永遠の生命を認めないと切なくなる精神構造を有しています。
それを現代は、肉体の死で終わり、という唯物論の価値観で洗脳して蓋で覆っているので、とんでもないショックな出来事が起きない限り、死後の世界を認めることが出来ないのです。

>どうすれば確信に至ることが出来るのでしょうか? 

証拠などといっても、ただの用語にすぎません。確信というのは内部から湧き出てくるものです。魂に受け入れ準備が整えば理解がいきます。その理解こそ大切で、それが唯一の確信です。科学は刻一刻と変わって行き、その領域を広げつつあります。知識というものは固定したものではありません。一方、確信というものは真理と遭遇した時に湧き出る内的な悟りです。

これは『シルバーバーチの霊訓9巻』の191ページ 2行目からの引用です。

確信というのは、霊性が高いからとか、奇跡を見たから得られる、というものではなく、魂に受け入れ準備が出来てはじめて得られます。近藤先生のお母様の体験は、魂の受け入れ準備が出来ていたからこそ、亡くなられた息子さんからのメッセージだと確信されたわけです。
確信ですが、こればっかりは死ぬ直前かも知れませんし、死後かもしれませんし、明日かもしれません。
たとえ霊能者でも、間違った死後の世界を確信されていますし、ヒーリングで奇跡を体験した方でも中途半端な確信で終わっていることもあります。

確信の一助になればですが、私は自然に神を感じます。
余りにも調和がとれていて、しかも規律正しく季節が巡り、生物と自然の構造に合理的な共通点を見いだします。
宇宙に統一感のある大きな生命を感じます。
死んだら終わりという考えは、自然とは相反するものだと感じます。
物質が滅ぶことで、次々と別の物質に宿り続けるのが生命、と思うのが無理がないように感じます。

以上、あまり良い回答になっていないかもしれませんが、今の私で答えられる精一杯です。
拙い文章ですみません。

ちりりん

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by chiririn9683 | 2017-05-05 00:26 | スピリチュアリズム | Comments(2)