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スピリチュアリズムで☆世界征服☆彡

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カテゴリ:先祖供養( 2 )

似てる?

友人から「言ってること似てるから、一回話してみて」と紹介された。
お会いしたら、アジア人でインテリ階層の女性。

「人は死んでも魂残る。」
そうそう。そうなのよ~

「人は、騙したり悪いことしたり嘘ついたりしたら駄目。」
いいよ。その通り。カルマで自分に帰ってくるもんね。

「動物の肉、魚 一切食べない。」
わー。素晴らしい、私も食べないように気をつけてるんだ!

「だって、次動物に生まれ変わるかもしれない。仲間を食べることになる。駄目よ」
えっ?輪廻かよ。
どこがスピリチュアリズムと似ているんだ。

もう、ここからは耳を塞ごうかと思ったけど、頑張って耐えた。
「南無阿弥陀仏と朝から晩まで、一生唱え続けるの。生まれ変わらなくても良くなる。死ぬときも阿弥陀仏、言うね。」

「死ぬときは、まあ喋れない状態だよ」って言っても、
「それは駄目。絶対阿弥陀仏と唱える。周囲もずっと唱え続ける。」
そして、YouTubeで、実際の死に際動画を見せて貰う。
異様な光景に唖然。絶命寸前の病人を囲んでの茶番。信仰の凄みを感じる。

その人は3年以内に死ぬのが夢なんだそうだ。死んで、魂の古里に帰るそうな。
こんな人の帰る場所は、盲信を継続できる宗教施設だよ。

世の中の人は、スピリチュアリズムも仏教(?)も同じ括弧でくくっているんだ。
死に方に拘らないのがスピリチュアリズムなのに・・・・
阿弥陀仏なんて言葉で誤魔化されない。死後の世界が決まるはずがない。

日頃の私の説明が下手なのか、スピリチュアリズムという概念の「が」の字も知らないから仏教にすり替わってしまうのか。
ショックを感じた。

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by chiririn9683 | 2017-07-19 17:48 | 先祖供養 | Comments(0)

正しい先祖供養


おじいちゃんは神主だった。
私が幼稚園の頃、他界したのだけど、お墓参りとかすると、ニコニコと「よう来たね」と温かい念をくれた。

ところが、私がスピリチュアリズムに傾倒して神道を捨てた時から、
おじいちゃんに意識を向けると「怒った顔」で「怒った念」が届くようになった。

そんなおじいちゃんも、今ではスピリチュアリズムに一定の理解を示してくれている。
かといって取り立てて、私を応援してくれている風でもない。

先祖代々、人生の全てを捧げた宗教の間違いを認めるということは、あちらの世界にいっても容易ではないのだろう。
おばあちゃんと、神主の叔父ちゃん夫婦はペアで私を応援してくれている(念が来る)というのに。
信仰の深さが邪魔しているのかも知れない。頑固さで、もたついているのかもしれない。
神主の孫のことも気がかりなのだろう。

そんなおじいちゃんも、きっと私を通してスピリチュアリズムを一緒に学んでいるはずだ。

先祖供養の儀式なんて、本当はいらない。
だって絆があれば、瞬時に思いは繋がるのだから。

おじいちゃんと私は「血縁」という地上での絆がある。
愛の思いを持つだけで、霊的真理を一緒に勉強するだけで、先祖供養は十分なんだ。
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by chiririn9683 | 2016-11-29 11:44 | 先祖供養 | Comments(0)